−−撮影中に直面した、最も困難なことは何でしたか?

「この映画には多くの問題があったと思います。『フランスの女』の後で、私は今までとは異なったかたちで仕事を進めてみたい、冒険がしてみたいと思っていました。その最も究極の結論が、私がどういった人間なのか判って貰えるよう主張しなければならない、そんな新しいスタッフと仕事をするということだったのです。それで、これまでとは技術スタッフのメンバーを一新したわけですが、これにはセルゲイ・ボドロフをはじめとして、みんなが反対しました。難しい撮影だと判っているにもかかわらず、どうしてそんなリスクを冒すのか、と言うのです。そのために実際、私は撮影中、大きな孤独感を味わいました。時には極度の孤立感も。ウクライナで撮影したいと頑張ったのは、私でした。制作側はあまり良い顔はしませんでした。しかし私は、この映画の本質はそこでしか確認できないと知っていました。物語はキエフで展開します。私は映画の舞台の土壌を感じ取り、ロシアの文化、言語に浸りたかったのです。可能な限りロシア語を習得するようにしました。そして、こう思ったのです。“ロシアの人たちは我々に近づこうとしている。だから私も彼らに近づこう”と。しかし、ウクライナは生きるのには大変な国でした。マフィアの吹き溜まりで、経済面では狂乱状態。おまけに彼らの生き方というのは、私たちとは非常にかけ離れていて、運命論者というか、何かあきらめきった生き方をしているのです。スタジオのセット撮影はプラハでやりたかったのですが、予算の関係でソフィアになりました。仕事の条件は良かったのですが、日々の生活は大変でした。ブルガリアの人々の態度は、非常に取っつきにくいものでした。一緒に仕事した技術スタッフたちはあまり心を開くことはなく、私たちの目には少しばかり馬鹿にしているという風に見えたものです。希望が持てたのは通訳の存在があったからでした。彼らは20歳の若い大学生たちで、私たちの文化を愛し、一緒に仕事をすることを何よりも喜んでいました。しかしすぐにブルガリアの技術スタッフから、フランス人の味方をするといって非難されました。このように問題に事欠くことはありませんでした」

−−では反対に、嬉しい誤算は?

「まず、撮影監督のローラン・ダイヤンととてもよく理解しあえたことです。彼はいつも私の側に立ち、現場でのかけがえのない協力者になりました。しかしウクライナ、ブルガリアでの最大の喜びは、俳優たちでした。というのも、ソ連の崩壊にもかかわらず、公共の劇場は上演を続けていて、どんな端役に至るまで有名俳優を紹介して貰えたからです。彼らは西側からの魅力的な誘いに、いやいやながらも屈せずにはいられませんでした。たとえば、赤軍の合唱団長を演じたウクライナの俳優ボグダン・スチュプカですが、彼は母国では伝説的な俳優です。(ニーノ・)マンフレディに(フィリップ・)ノワレ、それに(ジャン=ルイ・)トランティニャンを一緒にしたような俳優を想像してみてください。ウクライナの映画だったら、このような小さな役は絶対に引き受けなかったでしょう。彼はこの映画の中で素晴らしい演技を見せていますが、果たしてマリーの味方なのか敵なのか、まったく判りません。東側の俳優は、みんな私たちの撮影手段にはびっくり仰天していました。プールのシーンは四台のカメラで撮ったのですが、一台は水中、二台はプール際、四台目はウクライナ人が作った素晴らしく見事なクレーンの端に備えました。ウクライナのスタッフはとても驚いていたようです。映画人はひとつの家族だとよく言いますが、『イースト/ウエスト』の現場は、まさしく再編成された家族という趣きでした」

−−これまであなたはサンドリーヌ・ボネールと一緒に仕事をした経験がありませんでしたが、どうして彼女を起用しようと決めたのでしょう?

「私はマリーという人物を理想的な女性として描きました。その際、特定の女優をイメージすることはしませんでしたが、有名俳優に演じてもらわなければならないということはよく承知していました。サンドリーヌにはもちろん人をひきつける力があります。私がこの役を演じる女優に最も期待していたことは、的確さ、ぴったり役にはまってもらうということでした。マリーは私たちの仲介役(ベクトル)であり、証人であり、この映画の赤い糸なのです。彼女なしには成立しません。その場でぴたっとはまってもらわなければ困るのです。最初、サンドリーヌについては少し不安を覚えていました。というのも、一見してこれまで私が作ってきた映画は、彼女が喜ぶようなものではなかったからです。きっと彼女は、たとえ(モーリス・)ピアラと出会っていなかったとしても、女優への道を歩んだことだろうと思います。けれど、もしそうだとしたら、彼女はこれまでの出演作よりも、もっと幅広い映画文化に近づいていたはずです。しかし彼女はピアラと出会い、そのキャリアはフランスでいうところの、厳密な意味での“作家の映画”の中で培われました。彼女の映画の好みはとても選別的です。しかし私たちの出会いは彼女にとっても私にとっても、非常にタイミングの良い出来事だったと思います。サンドリーヌは俳優として成熟しています、観客を純粋に楽しませるためだけの、見ていて恥ずかしくならないロマンティックな映画にも、充分出演できます。この映画が彼女にとって幅広い観客を獲得する助けになればと思っています。現場では素晴らしいことがたくさんありました。メンシコフとの“結婚”のシーンは完璧でした。サンドリーヌとオレグには多くの共通点があるのですが、身体つきもとても似ています。一方で私は、サンドリーヌが強い直感と本能を素早く働かせる女優だということにすぐに気がつきました。彼女は驚くほどの力強さでもって、役柄に飛び込んでいきます」