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−−サーシャを演じているのはあなたの息子セルゲイ・ボドロフ・ジュニアですが、彼にはその気はなかったのに俳優になったというのは本当でしょうか?
「まったくそういうわけではありません。14歳のときには、すでに彼は俳優になりたがっていましたが、私はそれを断念させるため、あらゆる努力をしました。というのも俳優として生きていくことが、時にどんなに悲惨なことになるか知っていたからです。ですから彼は、モスクワ大学に入り、優秀な成績を修め、数々の免状を手にし、相当数の外国語を話せるようになりました。しかし、大学を出てもなお映画への夢を捨てきれず、『コーカサスの虜』の助手をやらせくれないかと、頼み込んできたのです。そこで私は、彼の希望通りにしてやりました。そして、私が若者役をやるのに相応しい俳優を見つけられずにいたので、彼にカメラテストをやらせてみたのです。驚いたことに、これがなかなか良かったのです。その後は、次々と映画に出演し、もう彼を止めさせることはできなくなりました。そしてレジスは息子を起用しました。私の映画での演技を、彼はとても気に入っていたからです。最初、私たちは息子のことは考えていませんでした。もっと若い男の子がいいと思っていたからです。しかし、彼はよく頑張りました。水泳のシーンのために異常なくらいトレーニングに励んだのです。私はサンドリーヌ・ボネールとのラヴシーンの彼はとても役にはまっていて、良かったと思います」
−−映画の大きなコンセプトやドラマ構成で、フランス側と対立するようなことはありませんでしたか。ふたつの文化の摩擦みたいなものはなかったのでしょうか?
「私は自分がロシアの映画作家だとは認識していません。今はインターナショナルな映画作家だと思っているからです。私は自分の脚本をアメリカに売ることができます。これはロシアの映画作家には稀です。今、アメリカで仕事をするのを止めるとしても、それは私の選択です。自分で決めることができるのです。けれど、私の次の映画はヨーロッパ共同制作という大きなものになるでしょう。文化間の対立という質問には、本当に答えられません。私は典型的なロシアの映画作家ではないからです」
−−脚本からカットされた部分を残念に思いませんか?
「残念というほどのことはありませんが。私の映画の上映時間はどちらかというと短いほうです。切るのが好きです。圧縮することによって、エネルギーが伝わってくるようになると思っています。しかし、正直残念なところもあって、それは子供のセルゲイに関する部分です。彼はロシア人の父親とフランス人の母親の間で心を引き裂かれ、苦しんでいます。それらすべてを自力で判断しなければならなくなるのですが、これは極めてユニークなキャラクターでした。しかし、その幾つかのシーンをカットしなければなりませんでした」
−−あなたは現在、キャリアの上で非常に重要なときに来ていると思いますが、将来についてどう考えていますか?
「ロシアで撮影できれば、どんなに嬉しいことでしょう。しかし残念ながら、今ではそれは考えられません。この国は手がつけられない状態になりました。仕事をするのは不可能です。頭の中にはたくさんの企画があるのですが、いつか実現できるようにと祈っています。モスクワには住居を確保してあるのですが、現在私の生活は他所にあります。ご存知のように、ロシアの経済事情は壊滅的なのです」
−−外国に暮らしていて、ロシアの魂が失われるのではないかと思うことはありませんか?
「“亡命”芸術家を待ち受けている危険性は重々承知していますので、気をつけています。たとえば、(アンドレイ・)コンチャロフスキーはアメリカのシステムに受け入れられるようにと、あれだけハードにロサンゼルスで仕事をしたのに、現在問題を山ほど抱えています。私はテレンス・マリックのような、自分の好きな人としか仕事をしたくありません。彼は私の次回作のプロデュースを申し出てくれました。大変喜んでいます」
−−これだけの狂乱的な経済背景を考えると、『イースト/ウエスト』の製作というのはほとんど奇跡に近いものだったのではないのでしょうか?
「まったく、その通りです。映画にとって幸せだったのは、共同製作の契約が経済危機のまさに直前に交わされたことです。現在の状況は一年前より悪くなっています。現在では、外国のどんな映画製作会社もロシアには一銭たりとも投資しようとは思わないでしょう。今だったら、レジスはこの映画を撮ることはできなかったに違いありません。多分『イースト/ウェスト』はロシアで撮ったフランス人監督の最後の作品として映画史に残ることになるのではないでしょうか」
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