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−−当時、何人の人たちがソ連へと戻ったのですか?
「正確な数字は、KGBの資料を調べないと判らないのですが、閲覧することはできません。フランスから移住した人たちに関しては、3000〜12000人で数字が揺れてます。しかしソ連に帰国した人たちが、予想以上に多かったことだけは明らかです。それゆえ、ソ連の指導部の間でこういった脅迫的な妄想が広がりました。“こんなに数が多いとは、西側の策略に違いない。厄介なスパイ問題が生じるのは必須だ”。スターリンの考えたことはこうだったのです。とにもかくにも彼らを排除しなければ。裁判なしの処刑、強制収容所送り、それに弾圧のあらゆる手段を使ってという」
−−フランスが自国の人間を連れ戻そうとはしなかったのは、一体なぜだったのでしょう?
「ソ連側の報道規制が徹底していたからです。誰からも何の連絡もありませんでした。映画の中でマリーは、ソ連の警察官にパスポートを引き裂かれますが、その時点で彼女にとっていかなる頼みの綱も断ち切られたのです。現実もまさにこの通りでした。到着した人たちは証明書から抹消されました。その直後、すぐに冷戦が始まり、2つの陣営が出来上がりました。こうして問題は、世界の命運そのものとなり、だから50年代、60年代にモスクワで交渉のテーブルに着いたフランスの大臣にとっては、長年家族に何の便りもないフランス娘の運命など、気にかけることはなかったのです」
−−あなたはこれまで『インドシナ』や『フランスの女』でも、『イースト/ウエスト』と同様、20世紀の大きな転換期に遭遇した人々の愛の物語を語っていますが、根底においてはいつも同じテーマを扱っていると思っていいのでしょうか?
「それらはすべて、私自身に深く関わった作品です。私は『フランスの女』を撮りあげた後、自分自身とはまったく関係のない、ロマンティックな題材で気分転換を図りたいという気持ちがとても強くなりました。もちろん、映画というものは最終的にはいつも作家の姿に似てきてしまうのですが。しかし、『イースト/ウエスト』が私を魅了したのは、そこにドラマティックな展開を予想させるものがあったからです。ある女が一人の男を愛して、彼についていき、そして閉じ込められてしまう。たとえ、空があり、自由に動き回れるといっても、2人の状態は監獄の中の囚人としか言いようがない。男はすぐに、そこに自分のルーツを見い出し、順応していく。というのも、他に選択の余地がないからです。けれど、女は抵抗します。自由を求めて止まないのです。このカップルはその危機的状況を、どのようにして切り抜けるのかということに、私は興味を抱いたのです」
−−しかし、またどうして突然ロシアに興味を持ったのですか?
「突然だなんて、とんでもない。私は『イースト/ウエスト』の時代に生まれ育ったのですから。私の家族は政治的には完全に右寄りで、躾も厳しいものでした。だから私はものを考える年頃になると、すぐに左翼の考えに賛同するようになったのです。私には、この二つの対極の考えは、さまざまな意味を含んだ重要なものとして残り続けると思います。それはヨーロッパの30年間の歴史そのものですし、挑戦、対立、越えられない国境をもたらしたのですから。つまり世界は二つに分かれたのです」
−−ということは、『イースト/ウエスト』は政治的な映画といってもいいのでしょうか?
「これは強烈な歴史的背景を持った映画です。私は、この作品で共産主義の暗い時代を告発しようなどという気はまったくありませんでしたし、歴史家の調べたことに何も付け加えることはしませんでした。この映画は人間として生きた何百万の人たちの日常生活を描いたものです。そして観客にはただ一つのこと、西側の人間はソ連の人たちに比べて良心の呵責を感じる必要がなかった、なぜなら便利な鉄のカーテンがすべての真実を覆い隠していたから、という事実に気づいてもらいたいと思っています」
−−準備やロケハン、撮影などの間に、あなたは多くの時間を旧ソ連で過ごしたわけですが、現在新しくなったその国で、何が一番ショックでしたか?
「やはり共産主義が今もって生きていることでしょうね。すべての階層に渡って、まだとても強い影響力を残しているのです。ベルリンの壁が落ちてから、10年の歳月が経つというのにですよ。洗脳がどんなものだったかは想像を絶します。最も古い世代のロシア人たちは自問することを好みません。というのも自分たちの人生が歴史の失敗そのものだということを認めたくないからです。逆に私と同じ年代の連中は、共産主義が否定的なユートピアだったことに気づいて野蛮な手段を取りましたが、今では絶望のためにじわじわと消え入ろうとしています。ブルガリアの友人がこう言いました。“我々の脳は破壊され、糞みたいな人生を押しつけられた。けれど、それ以外の人生を選べる力も、他の社会形態で闘えるだけの力も持っていないのだ。我々はまったく歴史に騙された”と。本当に凄まじい話だと思います。『イースト/ウエスト』はこの言語同断の不正に対する気持ちから生まれたものでもあります」
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