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−−あなたのことを表現するのに、実によく“的確”という言葉が使われますが、この形容には同意しますか?
「“的確”という言葉だけでは充分じゃないわ。それじゃ驚かない。私は誉めてもらいたくてこの仕事をしているんじゃないの。自分がある役を引き受ける理由を充分に判断し、それを演じることで幸せを感じ、そして最終的な成果に満足できるということが楽しいの。映画の評判が悪く、批評がボロクソの時は、もちろん傷つくわ。イヴ・アンジェロの作品(「人生泥棒」“Voleur de vie”日本未公開)のときがそうだった。この映画と女優としての仕事にとても自信があったの。だから私は辛かった。でも反省することなど何もなかったわ。評価がどうであれ、作品に対する私の考えも、この仕事で得た喜びも変わりはしないのだから」
−−あなたのフィルモグラフィを見直したとき、引き受けなければよかったと思う作品がありますか?
「全然、ないわ。もちろん、もう一度やるのは嫌だと思える作品があるにはあるけれど。作品選択が間違ったこともあるけど、気にはしていない。全部が全部コントロールできるわけじゃないもの。幸いなことに、私は何も知らずに、女優という仕事に足を踏みだした。モーリス・ピアラの映画に出たけど、彼が誰なのかまったく知らなかったし。たった一本の映画で有名になっても、次の映画ではどん底にまで突き落とされるかもかもしれない。それがこの職業では当たり前のことなの。『愛の記念に』と『冬の旅』の間には、まったく頭が空白の期間があるの。一本ひどい作品を撮ったのだけど、誰も非難はしなかった、私は相変わらず守られていたから。16歳だったから、許してもらえたというわけ。私は『冬の旅』に出演することで、この職業を続けていくことを決めたの。アニエス・ヴァルダの作品は私にとって、絶好の引き金になったわ。女優がひとつの職業であることが判ったの。この時から、私は女優という仕事を意識し始めたというわけね」
−−映画の中に入り込んでいくにつれて、あなたは円熟していったと言っていいですか?
「もちろん、そう。まず、私は知性のある監督と仕事をするという特別の恩恵を受けたわ。その人たちと付きあうことが私の栄養になったの。さらにそのことで、女優としての私のイメージがとても有利なものになった。モーリス・ピアラやアニエス・ヴァルダと仕事をすれば、人は私のことを知的だと思ってくれるわ。本人が必ずしもそうではなくてもね(笑)」
−−あなたのキャリアに影響を与えた女性はいますか?
「私、アルレッティが大好きなの。多くの女性が、彼女と一体化できるのではないかしら。彼女には庶民的な面があり、ユーモアもあり、偏見とは無縁に見えるところが気に入っているの。エディット・ピアフのように、身近な存在だった。女優として私が興味をひかれるのは、情感や感情の高まりを通して、人々と語りかけることができるということ。私は雑誌の表紙を飾るためにこの仕事をしているわけではなく、観客の心に触れたいためなの。逆に、私が新聞の一面を飾ることがあったら……それも悪くはないわね(笑)」
−−では、現在あなたが認めている女優はいますか?
「私はその仕事ではなく、人柄で好き嫌いを選ぶの。たとえば、カトリーヌ・ドヌーヴは女性として好きだわ。彼女のことはあまり知らないけど、推測できるの。私が彼女を好きなのは、一般のイメージとは反対の面なのよ。威厳がありながら、同時に大胆さを持ち併せているという。彼女には、円熟した役から熱烈な恋人の役まで演じられる幅広さが感じられる。本当に驚くような女性だわ。ひとりの女性として、さらにそのうえ女優として、今もって欲望をかきたたせ、あれだけ時代の先端に立っていられるなんて、並大抵のことではないわ」
−−15年後、20年後のことを考えることはありますか?
「考えないわね。まだまだ先のことだもの」
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