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−−『イースト/ウエスト』の撮影は大変でしたか?
「とても大変だったわ。まず私は遠くへ行くことが苦手なの。東欧での生活は、幽閉されているような印象を受けたわ。まるで亡命しているみたいだった。レジスなら、私が無意識にマリーという役柄の影響を受けたからに違いないと言うだろうけど、それもありうることね。もうひとつの問題は、ストーリーが10年以上にも渡るということよ。俳優には、その役柄を映画の時間の中で作り上げていく義務があるの。同じ演技を繰り返さないようにしてね。映画の終わりは特に大変だったわ。なかなか緊張が解けないし、同じ感情の高まりにならようにしなければならなかったから。時々、どうしていいか判らなくなるようなこともあったの。それにまた、レジスがとてもねばる監督でね、気まぐれで、笑っていたと思ったら不意に顔が曇ったりして。結構、険悪な対立もあったけれど、それでも夜になると、率直に互いの理由を認めあったりしたものよ」
−−相手役のオレグ・メンシコフがフランス語を話さないということで問題はありませんでしたか?
「彼ってフランス語を話さないだけではなく、まったく口をきかない人なの。この役は彼にとってひとつのチャレンジだったのね。自分をがっちり守るというタイプで、さらに撮影現場では演技に集中するため、孤立していなければいけない人だった。最初、私たちのコミニュケーションが本当にうまくいかなくて、スクリーン上のカップルに見えないんじゃないかと心配になったわ。でもすぐに、私は彼が本当のパートナーだということを感じたの。いざ面と向かいあうと、彼は耳を傾け、私を見つめてくれた。最終的に、私は彼を少し理解できるようになったと思うわ。次第に私に近づいて来てくれたし、撮影中に吹きだして馬鹿笑いになったこともあるくらい」
−−技術スタッフとの関係はどうでしたか?
「私はスタッフの身近な存在でありたいと思っているの。私の最初の観客たちは、彼らなのだから。私は彼らのことを知りたいと思うし、私のことを知って欲しいとも思うの。映画というのは集団の仕事。それをうまく活用しなければ。人を知ることによって、やりやすくなるものよ」
−−レジス・ヴァルニエの言うとおり、『イースト/ウエスト』のあなたは、まさにこの映画の“心臓”のような存在です。責任が重過ぎると感じたことはありませんでしたか?
「いいえ、それはないわ。これが初めての体験ではなかったから。私はよく自分が映画を支えていると感じることがあるの。たとえばリヴェットの『ジャンヌ』とか、(レイモン・)ドパルドンの「砂漠の女囚」“LA CAPTIVE DU DESERT ”(日本未公開)とか。後者では、アフリカ人に対して私はまったくの一人だったの。あるいは、リヴェットの新作「秘密の防衛」“SECRET DEFENSE”(日本未公開)も。こういった演技上の責任を負うことには慣れてるの。怖いことはないけど、やっぱりくたびれるわね」
−−一番自慢できるシーンは?
「レジス・ヴァルニエとの共犯関係が表われているシーンね。彼は俳優にとってとても身近に感じられる監督で、いつも俳優を活かしたシーンにしようとするの。マリーがサーシャの優勝を見るプールのシーンは、本当に魔術的な瞬間だと思ったわ。レジスがこう言ったの。“ここは感情の高まりがしっかり生まれるよう、長回しにしよう”と。3回のテイクで使われたのは、最初の撮影のものだったわ」
−−モーリス・ピアラからレジス・ヴァルニエまで、あらゆる監督があなたの女優としての勘の良さを褒めたたえています。若いときからの天分と職業としての実践をどう両立させられたのでしょう?
「勘が働くのだと思うの。直感とありのままの自然さを混同しないで欲しいのだけど。15歳で『愛の記念に』を撮ったとき、私はありのままの自然さで演じることができたわ。けれど、年が経つにつれ、必然的に慣れというものが身についてきた。私の女優としての仕事は、俳優なら誰でも陥りやすい、この機械的な演技を打ち壊すことだと思うの。自分がもうできると判っていることを、もう一度やって見せることほど簡単なことはないわ。けれど私はそれとは逆に、女優としての自分の直感と柔軟さを、ありのままの姿で保ち続けたいの。それが作家を驚かせ、自分をも驚かせる唯一の方法なんだわ」
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