1947年11月12日、パリ生まれ。
婦人科の医師をしていた父が大の映画ファンで、その影響で13歳のころから映画館に通い始める。当時のお気に入りは、マルクス兄弟や、ジェリー・ルイスのコメディ映画だったという。
67年にIDHECで監督科を専攻し、自主製作の短編映画を数多く監督する。
卒業後は、漫画雑誌「ピロット」のアシスタントを経て、漫画家として活動。
72年にジャック・ドワイヨンの初監督作品「西暦01年」“L'AN 01”にワンシーンのみ出演し、映画界に復帰。と同時に、主演のカフェ・テアトル「スプレンディド」 のメンバーと運命的な出会いを果たした。
75年に「トイレの鍵は内側から閉まっていた」“LES VECES ETAIENT FERMES DE LINTERIEUR”で長編デビューするが、興行的・批評的にも失敗。しかし、「スプレンディド」のメンバーに気に入られ、78年に彼らの人気舞台「愛、貝、甲羅」を、『レ・ブロンゼ〜日焼けした連中』として映画化。記録的な大ヒットとなり、翌年には続編となる『レ・ブロンゼ〜スキーに行く』も監督した。
その後、ミシェル・ブランとコンビを組んだコメディ映画『恋の邪魔者』(81)『夢見るシングルズ』(82)『愛しのエレーヌ〜ルルーとペリシエの事件簿』(83)で次々とヒットを放ち、85年の『スペシャリスト』ではアクション映画にも挑戦、大成功を収めるなど、多才な商業監督として、絶大な人気を誇る。
86年の『タンデム』でプロデューサーのフィリップ・カルカッソンヌと出逢い、その作風は一転、初老の2人の男の哀歓を、ペーソスあふれるまなざしで感動的に描き、絶賛され、新境地を開いた。
ジョルジュ・シムノンのミステリーを映画化した『仕立て屋の恋』(88)は、カンヌ映画祭に出品され、国際的にも高く評価された。
そして、『髪結いの亭主』(89)ではルイ・デリック賞を受賞。日本では91年12月に公開され、半年を超えるロングラン・ヒットとなり、日本初登場作にして、ルコント人気を不動のものにした。
91年にはブッフ・パリジャン座にてジャン・アヌイ作「オルニッフル、またはすきま風」で舞台演出に挑戦した後、初心に戻って、コメディに再挑戦作した『タンゴ』(92)の日本公開に併せて、93年8月に初来日。その後は、パトリック・モディアノの原作に挑んだ官能作『イヴォンヌの香り』(93)、商業演劇の世界をコミカルに活写した『大喝采』(95)を経て、歴史大作『リディキュール』では96年のカンヌ映画祭のオープニングを飾ると共に、セザール賞では作品賞を始め、4部門で受賞したほか、数々の賞に輝いた。
アラン・ドロンとジャン=ポール・ベルモンドの28年ぶりの共演が話題を集めた『ハーフ・ア・チャンス』(97)で、フランス映画界を代表する2大スターを向こうに回し、ヒロインをキュートに演じたヴァネッサ・パラディを、再び起用した『橋の上の娘』(98)では、モノクロームの映像美の中に幻想的なファンタジーの世界を作り上げ、セザール賞では作品、監督賞など、8部門で候補となり、ダニエル・オートゥイユに主演男優賞をもたらした。新作は、パリの色街を舞台にした『歓楽通り』で、今年のカンヌ映画祭クロージングを飾ったラウル・ルイズの「強靱な魂」“LES AMES FORTES”でヒロインを演じたレティシア・カスタをはじめ、共演者パトリック・ティムシット、ヴァンサン・エルバスの新たな魅力を引き出したと、早くも注目を集めている。