――若い頃、チェルシー・ホテルに憧れましたか?
「僕はテキサスで育った。都会生活を知らず、アートに憧れる人間は、いつかニューヨークに行きたい、と思うし、チェルシー・ホテルにまつわる話もいろいろ聞いていた。過去100年に渡って、ボヘミアンな生き方を見せたホテルだからね。チェルシー・ホテルはアーティストには、家庭のような役割をはたしている。ビート世代もいたし、アンディ・ウォーホール一家も、作家トーマス・ウルフやテネシー・ウィリアムズ、女優のベティ・デイヴィスや歌手ボブ・ディランも住んだ。初めてニューヨークに出てきた時、何日か泊まったが、この街の人と話したら、僕と同じことをした人も多かった」
――戯曲「チェルシー・ウォールズ」と出会ったいきさつは?
「僕が21歳の時、チェルシー・ホテルにやってくるカップルを描いた映画を作った。上映会でニューヨークの劇作家、二コール・バーデッツに会った。彼女はこのホテルを舞台にした戯曲「チェルシー・ウォールズ」を執筆していた。彼女とは友だちになり、僕の劇団で、彼女の別の戯曲を上演したこともある」
――このホテルの印象は?
「チェルシー・ホテルにはゴーストたちが棲んでいる。だから、ゴースト・ストーリーを作りたいと思った。ホテルを通り過ぎたゴーストたちを不思議な感覚で見せたかった。亡霊たちには2面性がある。善良な部分と悪の部分、創造性と破壊的な面。そうした亡霊に滅ぼされる人もいれば、勇気ずけられる人もいる。アーティストと呼ばれる人々が、他の人より苦悩が深いとは思わないが、自分の苦悩を表現できるのがアーティストだと思うね」
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