レティシア・カスタ、自然体のスーパースター

モデル界のアウトサイダー
レティシア・カスタが、初めてモデルたちでいっぱいの部屋に入ったとき、それは《ヴィクトリアズ・シークレット》のランジェリー撮影のときだった――18歳だった。すでにモデルとしてのキャリアを積み、故郷であるフランス領コルシカ島から離れて3年が経過していたが、それでもレティシアは心のどこかでアウトサイダーな自分を感じていたという。部屋の中で他のモデルたちが談笑し、ブラジャーやパンティを目まぐるしく履き替え、ジョークを飛ばしあっている中、レティシアは片隅で爪を噛んでいるだけだった。「英語があまり話せなかったのよね」とレティシアは思い出して言う。「それに、ひとりの方がずっと気楽なの。そこにいた他のモデルたちは、みんないい人に思えたし、お互い楽しんでもいたけれど、私はひとりのままでいたわ」 その言葉どおり、レティシアは今でも、他のほとんどのモデルたちが毎晩、カクテルを傾け、タバコを吸い、ロックスターにまとわりついている頃にも、ファッション&ミュージックビデオカメラマンであるボーイフレンドのステファン・セドナウィと一緒に自宅でくつろいでいる。1歳になったばかりの愛娘サティーンの面倒をみながら、シーフード・リゾットや野菜たっぷりのスープを料理している。パーティに出席するのがジムに通うよりも嫌いだと公言し、生まれてこのかたタバコを吸ったこともなければ、酒を飲んだこともドラッグに手を出したこともないとも断言する。これでも本当にスーパーモデルなのだろうか?それは、弱冠24歳にして人生の目的をしっかりわきまえている、レティシア・カスタならではの信条なのだ。

コルシカ娘からトップモデルへ
15歳のとき、レティシアはコルシカのビーチで幼い妹と水遊びをしているところを、カメラマンによって見い出された。そのカメラマンは、パリでモデル事務所を経営している友人に彼女を推薦し、こうしてレティシアはモデルとしての第一歩を踏み出すことになった。数週間後、父親は半信半疑ながらもレティシアをパリへ連れて行き、カメラマンとモデル事務所経営者がまっとうな人物だと実感すると、事務所との契約を許したのだ。
レティシアはモデルになりたいという希望を抱いて育ったわけではなかった。「学校に行かずに済むなら何でもよかったの」と彼女は言う。「同じ年代の女の子とは全然、付き合えなかったわ。いつも、人生という学校の方が教科書よりずっと面白いって思っていたの。教室の中じゃ、どこかよそで遊んでいることばかり空想していたわ」
モデルとして活動を始めてから、わずか数カ月で雑誌の表紙を飾ると、すぐに彼女はファッション界の寵児となった。しかし刺激的な期間もつかの間、モデル業界の不快な現実が、彼女の前に姿を現わしてきた。歯を矯正&漂白すべきだと、エージェントが言い出したのだ。レティシアはその申し出を拒んだものの、そのせいで人目を気にするようになってしまった。彼女が駆け出しの頃に仕事をしたことがあるスタイリストによれば、レティシアはいつも誰からも歯を見られないよう、唇をぎゅっと噛みしめていたという。ところが、いったん彼女が微笑めば、カメラマンはレティシアに笑い続けておくように催促する。この事実を前にして、彼女は自信を取り戻し、理不尽な要求に対してノーを言えるようになったのである。
あるモデル・エージェントが豊胸手術を受けるよう言ったことがあるし(Cカップだからその必要はまったくないにもかかわらず)、ファッション・デザイナーの多くは約170センチという彼女の身長が低すぎると思って、自分のショウに起用しようとはしなかった(それでも、ジャン=ポール・ゴルチエとイヴ・サンローランは彼女にキャットウォークを歩かせた)。そのうえ、所属する事務所からはダイエットを勧められていた。モデル的な細身の体型ではなく、上から“88、60、88”という完璧なプロポーションであるがゆえに、彼女はファッション界で成功するにはあまりにも丸々とした曲線美だと言われていたのだった。「“あと5キロ!”ってばかり言われたわ」と、レティシアはクスクス笑いながら話してくれた。
それでもレティシアは、自分への信念を持ち続け、そしてそれこそが彼女らしさを保っていられた理由だと信じている。「誰かが“僕を信用した方がいい”と言うたびに、“あなた以外ならね”って思ったものよ」と自信に満ちながらも控えめに言う。誰かのアドヴァイスに従うこともなく、広告用ビルボードに自分の姿を見かけるたびに、自分のやり方を押し通したことをひそかに得意に思っていたものだった。


プロとしての成功を駆けのぼる
プロのモデルとなってからわずか5年で、レティシアは《GUESSジーンズ》の顔となり、《エル》《マリ・クレール》そして《コスモポリタン》といったトップクラスの雑誌の表紙を飾る。さらには《スポーツ・イラストレイテッド》の水着特集号のため、ケニアでの撮影に抜擢もされた。「ケニアはすごくステキなところで、国際電話で家族にその話をしたりしたわ」と語るレティシアは、ほとんど裸に近い水着を着るのも大好きだと言う。「自分にとても満足してるの。だからビキニのモデルだって大のお気に入りよ。とってもセクシーなんだもの。自分の身体に不満を持つなんてバカげてると思うしね」
彼女のこの信念が、《ヴィクトリアズ・シークレット》のモデル契約を射止め、さらには《ロレアル》の看板モデル、イヴ・サンローランの女神へとのぼりつめることになる。カメラマンのパトリック・デマルシェリエの証言によれば、度胆を抜くような類いの仕事をするには彼女は最適だと言う。「レティシアはまぎれもないプロなんだ。セクシーさを演出する必要がまるでない。生まれつきそうなんだというほどにね」と説明する。「カメラが彼女をとらえると、あの目が視る者を離さない。有無を言わせない完璧さがあるんだ。雑誌の表紙にはぴったりだよ」
またレティシアは、食べたいものを食べたいときに食べ、運動なんてしたことがないと言ってはばからない。自分の身体をソフトで女らしくさせておくのが好きなのだ。それこそが、男女を問わず彼女が大人気の理由のひとつでもある。セクシーだからこそ男性を魅きつけ、多くのモデルのようにスーパースリムでないからこそ女性からも好意を寄せられる。
それでもレティシアによれば、ニューヨークやパリの街を歩いていても誰も彼女のことには気がつかないらしい。「私に気がつく人なんていないわよ。ビルボードさながらのドデカい女だと思ってるんじゃないかしら。でも実際はチビなのよね」。ファンに気づかれたときには礼儀正しいけれども、どこかよそよそしいところもある。撮影のときも同様で、魅力的で気さくだけれど、親しくなるのを避けている。逆ギレした話など聞いたことすらない。モデルにしてはとても珍しいことである。あるスタイリストはこう言っていた。「求められた衣裳やポーズが気に入らないって、マジギレするモデルなんてザラです。でもレティシアは全然、そうじゃない。ふらっと入ってきて着替えると、何も言わずにすぐ仕事を始めるんです」


シングルマザーとして女優として
レティシアは自分のイメージはパブリックなものだけれども、だからこそプライヴァシーは別物だと思っている。ゆえに、ボーイフレンドの話題を拒むのだ。見方によれば、その態度はトップであり続けるための一因なのだろう。意図的に目立つことを避けることで、スキャンダルに名を連ねることがない。さらに、キャリアをダメにしてしまうという怖れから、子供のことなど省みない若いモデルがいる一方で、レティシアは妊娠するのが待ち遠しかったという。「ずっとお母さんになるんだって思ってたんだもの!」と彼女はまくしたてる。出産後、わずか数カ月でもとの体型に戻り、そしてまたキャメラの前に立っている。レティシアと何度も仕事をしたことのあるキャメラマン、ドミニク・イッセルマンは、彼女は同年代の他のモデルと比べても、人間的にずっと大人だという。「仕事を完璧なまでにこなすんだ。水面下でサメが足を引きずろうと待ち構えているのに、決してそうはさせないのさ」
さらにレティシアは、モデルとして母親として骨の折れる役割に加え、映画女優としての活動も再開している。故郷のコルシカで、赤ちゃんがカップルに与える影響を描く映画が撮影中の今、まさに勢いに乗っていると言っていいレティシアだが、しかし自分のことを、“次世代のニコール・キッドマン”なんてことは露ほども思っていない。事実、誰かと自分を比べることを頑なに拒んでさえいる。「私は自分以外の何者でもない。誰かのことを考えて、“あの人のようだったら良かったのに”なんて思ったりしないわ」。たしかに、その必要がどこにあるのだろうか?(text de Martha Frankel)