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穏やかな陽光が、森の葉陰から木漏れ日となって降りそそぐ小川のほとり。すっかり人影のないシートの上には、食べかけのバゲットやチーズといったピクニックの名残りが、幸福なひと時を留めるかのように散らばっている。そして、脇に置かれた蓄音機の針は、カタカタと空回り。まるで何か運命的な出来事を暗示しているかのように……。 それは、1945年初めのこと。歓楽通りの娼館《オリエンタル・パレス(東洋の宮殿)》に娼婦の息子として生まれ育ち、館の女たちからは弟のように可愛がられているプチ=ルイ(パトリック・ティムシット)は、突然ふらりと“日替わり定食”、つまり新入り娼婦として、この館に現われたマリオン(レティシア・カスタ)をひと目見て、こう決意する。「あなたの世話がしたい、僕の一生をかけて」。こうして、プチ=ルイの《特別な女性》マリオンへの、“誰も真似することはできない”愛の日々が始まった。 どこか、少年の心を持ったまま大人になったかのようなプチ=ルイは、マリオンが幸福になることだけを願っている。空襲の間にも、ふたりは将来、マリオンが叶えるべき“しあわせのリスト”を書き記すのだった。マリオンの希望のひとつは、“有名人になること”。そして、プチ=ルイはマリオンの“運命の男”を探し出すこと。彼は、マリオンを幸福にするのは「僕ではなく、“君を笑顔にできる男”さ」と告げる。はかなげな微笑を浮かべながら、マリオンはプチ=ルイにこう答えるのだった。「いつも一緒にいて」。 その夜、フランスは解放された。待望の終戦の瞬間がやって来たのだ。派手に花火が打ち上げられた夜空に、一台のメトロが高架を走る。その車中にたたずむひとりの男、ディミトリ(ヴァンサン・エルバズ)こそが、やがてマリオンの“運命の男”となることを、彼らはまだ知るよしもない。 その日以来、《オリエンタル・パレス》は客が次々と押し寄せる大盛況だ。何せ男たちの冷えた心を暖めるものは、女性の柔らかな肌しかないのだから。マリオンはプチ=ルイの“運命の男”の話を聞いて以来、すっかり客に対して惚れっぽくなってしまう。マリオンはこう言う。「彼の目を見れば判るのよ」。けれど、そういった勘違いの恋の後始末をするのも、またプチ=ルイだった。落胆するマリオンのために、その浮気な男につかみかかるプチ=ルイ。こうして彼の額に刻まれた名誉の負傷に、マリオンはそっとくちづけをする。 折りしも、ラジオから政府による娼館廃止のニュースが流れていた頃、プチ=ルイは街角に大きく貼りだされたラジオ局主催の歌手オーディションのポスターを見て、早速、マリオンをこの会場に連れ出した。どこか心ここにあらずのマリオンに対して、興奮しているのはむしろプチ=ルイの方だ。やがて「28」のプラカードを握りしめたマリオンが《手のひらに書いてあったから》を歌い、結果は見事、合格。マリオンは、夢のひとつである「有名人になること」の第一歩を、踏み出したのだった。 そしてその同じ瞬間、マリオンはラジオ局の楽屋口で偶然、ディミトリとめぐり逢ったのだ。無言で見つめあうふたりは、一瞬で恋におちた。プチ=ルイは、ディミトリこそマリオンの“運命の男”に違いないと確信するが、何者かに追われている様子のディミトリは、デートのホテル代さえ、満足に払うことができない。彼女がプレゼントした新品の腕時計さえも、充分にディミトリの腕に留まる間もなく、ギャンブルのカタに消えてしまうのだ。娼婦仲間たちは、「恋が娼婦をダメにする」とひたすら仕事に明け暮れるマリオンの身を案じるが、当の彼女はこの恋に夢中で、「私、恋してるの。まるで胸の中にストーブが燃えてるよう」といっこうに苦にもしていない様子。実は、ディミトリは闇商売のペニシリンを独り占めし、かつての仲間であるルーマニア人から狙われる身だったのだ。 マリオンのABC劇場への出演が決定して間もなく、噂どおり、フランス中の娼館が閉鎖になった。こうしてマリオンは、ディミトリ、そしてプチ=ルイと奇妙な共同生活を始めることに。夜毎、プチ=ルイはふたりの愛の交歓を、平然を装って見て見ぬふりをしている。しかし、真夜中すぎに男たちに追われ、家財道具をスーツケースに詰めこんでは転々とする頃には、さすがのプチ=ルイも「この男は、とんだはずれくじだった」と思い始める。しかし、マリオンに「他の男を見つけてやる」と言っても、もはや後の祭り、遅きに失した。果たして、そんな逃亡生活のスリルもまた、マリオンの恋の炎をかきたてているのだろうか。二人は衝動的に結婚を宣言するが、あいにくその日は日曜日。神父のいない結婚の公証人は、他ならぬプチ=ルイが務めるのだった。 その夜、かりそめのウエディング・パーティが安宿のレストランで開かれることになった。偶然居合わせただけの客たちからの祝福を受け、ディミトリは悪戯で舞い上げた枕の中の羽毛の雪が舞う中、人目もはばからずマリオンのくちびるに熱い接吻を交わす。彼の胸に顔を埋めて、マリオンはディミトリとのささやかな至福のときを噛み締めている様だ。傍らでその光景を見つめていたプチ=ルイに気づいたマリオンは、そっと手を差しのべて彼を引き寄せる。身体を重ね合わせ、音楽に身を委ねるふたり。この時、マリオンはそっとプチ=ルイに耳元で囁くのだった、「あなたのことも、私の夢のリストに入っていたのよ」と。 しかしその直後、マリオンとディミトリが会場に踏み込んできたルーマニア人たちに連れ去られてしまう。そして、ひとり取り残されたプチ=ルイのもとに、一味から身代金要求の電話が届く。「明日の夜6時までに85万フラン用意しろ」。こうして、プチ=ルイは姉貴分の娼婦たちの協力による“チャリティ・ショー”で、限られた時間でなけなしの金を集めることに成功する。待ち合わせのチャペル橋の上に、帽子ケースにあふれんばかりの現金を携えて現われたプチ=ルイ。それを見たルーマニア人の部下である二人組が、マリオンとディミトリを押し込めたトランクケースのボンネットを開けた途端、ディミトリが男たちにつかみかかる。もんどりうちながら、彼らの手にしていた拳銃を奪い取ったディミトリは、躊躇なく男たちを射殺してしまうのだった。 ちょうどその夜は、マリオンの初舞台でもあった。街を駈け抜け、息も絶え絶えに劇場に滑り込んだ3人。こうして何とか開演時間に間に合ったマリオンは、オーケストラの演奏に合わせて《手のひらに書いてあったから》を熱唱する。鮮やかなスカイブルーのドレスを着て、ステージに立つ彼女を見つめながら、プチ=ルイはこれまでの彼女との日々を感慨深く思い起こしていた。その姿は晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、観客の誰もを虜にせずにはおかない恋する女の輝かんばかりの魅力があふれている……。もう何も望むものはない。夢にまで見たしあわせを手に入れた瞬間だった。 |