解説愛の名匠パトリス・ルコント監督が誘う、
1945年の巴里、夢の娼館《オリエンタル・パレス》


『髪結いの亭主』『橋の上の娘』などセンシュアルな映像表現では定評ある愛の名匠パトリス・ルコント監督が、今回あなたを誘うのは、無償の愛と酔いしれるような官能の舞台、1945年の巴里最期の娼館《オリエンタル・パレス》。そこはシャンペンのしぶき、香水とおしろいのかほり、柔肌にしなやかな光沢を放つシルクの下着を纏った客待ちの女たちの陽気な笑い声に満ちた欲望の館。まるで開演を待つバレリーナのように、ビーズのランプシェードの灯りに浮かび上がる、娼婦たちの艶やかな姿態。赤いヴェルヴェットの壁、金色の額装の中から妖しく輝く鏡、万華鏡のごとく光を反射するガラスの香水瓶、そしてアルレッティ、リュシエンヌ・ボワイエ、ミスタンゲットらのノスタルジックなシャンソンの歌声。《ムーラン・ルージュ》の楽屋部屋を覗くようなあの時代の色香が、『橋の上の娘』の脚本家と『髪結いの亭主』の撮影・美術セット・スタッフ、そしてルコント監督の強力タッグチームによって見事に再現されている。

YSL最期のミューズ、レティシア・カスタの本格的主演映画

アンナ・ガリエナ、ヴァネッサ・パラディ、ジュリエット・ビノシュ、シャルロット・ゲンズブール……。これまで、ルコント映画を彩った珠玉の“ファムファタル”女優の歴史に、今回、新たに名を刻んだのが、レティシア・カスタ。引退したイヴ・サンローラン最期のミューズとして知られ、シャネル、ゴルチエ、ウエストウッドらトップメゾンの顔としてコレクションに参加。ロレアル パリ、ダニエル・スワロフスキー、ギャルリー・ラファイエットのイメージキャラクターとしても世界のビルボードを飾り、そればかりかデビュー1年間で世界の一流モード誌40誌の表紙を飾るという偉業を達成。またフランス国民が誇るフランス女性だけが選ばれる名誉ある、新世紀を導く“マリアンヌ”にも選ばれるなど、レティシア・カスタの存在は、常に大きな話題とともに語られてきた。本格的な主演映画となる本作では、フル・オーケストラを従えて、モーリス・シュヴァリエの往年の名曲《手のひらに書いてあったから“I was Lucky”》のカヴァーを披露するなど、彼女の持つ存在感の“オーラ”が全編に溢れんばかりだ。そして何より、一途に信じた愛のゆくえをまっとうする感動のラストシーンで見せる彼女の無垢なる美しさは、観る者の心を深く揺さぶるに違いない。

薄幸の娼婦マリオンと、数奇な運命を生きたプチ=ルイの
美しくも哀しい愛の物語


一方、《オリエンタル・パレス》で、お客と娼婦のアクシデントでこの世に生を授かったプチ=ルイは、娼館の中だけで育ち、娼婦たちの世話を焼くためだけにその半生を費やしてきたような男である。そんな彼の幼い頃からの夢は、「いつか運命の女の人と出逢って、その人を一生を賭けてしあわせにする」こと。そして、ある日彼は、まさに夢に描いていた“運命の女”とめぐり逢うのだ。その彼女こそが、マリオンだった。薄幸の娘マリオンは、本当の愛もしあわせもまだ知らない。プチ=ルイは思わず彼女に呟く。「……あなたをしあわせにします、僕の一生を賭けて……」。
さながらシラノ・ド・ベルジュラックのように、見返りのない愛をマリオンに捧げ続けるプチ=ルイを演じるのは、『ペダル・デュース』『パパラッチ』のパトリック・ティムシット。プチ=ルイは、「僕は、マリオンには相応しくない。きみを笑顔にできる男が必要なんだ」と自らの愛の感情を抑し殺して、マリオンの恋をサポートする。『仕立て屋の恋』のイール氏や、『橋の上の娘』のガボールとも一脈通じるような、まるで運命に逆らうように報いを求めない全身全霊の純愛の世界に身を投じる彼をティムシットは、これまでの“怪優”のイメージを一新するナイーヴな一挙手一投足によって、プチ=ルイの心に生き続ける「永遠の少年」を息づかせる、まさに「この役はパトリックしかありえない」というルコントの期待を上回る名演を見せている。ラストの川岸で、少年時代の自分自身と向きあうプチ=ルイの姿には、儚い美しさと、愛に生きる男の強靭さがあふれ、涙を誘う。
そして、《第三の男》、マリオンの“運命の恋人”ともいうべきディミトリを演じるのは、『青春シンドローム』『原色パリ図鑑』のヴァンサン・エルバズ。まだまだ青春の無防備な破天荒さを引きずりながら、不器用にマリオンを愛し抜くディミトリの生きざまを、そこはかとないいなせな色気を振りまき体現したエルバズの姿は、どこか憎めない “やんちゃ坊主”の愛嬌そのもので、マリオンならずとも母性本能をくすぐらずにはおかないだろう。

ルコント映画の集大成というべきスタッフが結集

「私は、《オリエンタル・パレス》をシャンペンのしぶきであふれ、ほとんど全裸の女たちがけたたましく笑う、欲望の館にしたかった。扉を開くと、心落ち着く、夢のような別世界が広がっているんだよ」。
40〜50年代のフランス女優をイメージしたというルコントのそんなファンタジーを銀幕に甦らせるため、スタッフにはこれまでのルコント作品の集大成ともいうべき、気心の知れた信頼できる一流スタッフが参集した。セルジュ・フリードマンは、『大喝采』でルコントに抜擢されて以来、『ハーフ・ア・チャンス』『橋の上の娘』でも起用された気鋭の脚本家だ。本作では長年温めていたアイディアをルコントのために書き下ろし、また劇中、印象的なシャンソンの使用もフリードマンの提案から生まれたものだという。撮影のエドゥアルド・セラは、いわずとしれた『髪結いの亭主』『サン・ピエールの生命』などでルコントの期待に見事に応えた盟友のひとり。最近は『鳩の翼』や『アンブレイカブル』など国際的にも活躍しているが、《オリエンタル・パレス》のデカダンな喧騒の美しさと、クライマックスの透明感あふれるサスペンスまで、その鮮やかな色彩が交錯するめくるめく映像美は、さすがルコントと息のあった手腕を遺憾なく披露してみせる。ほかに、美術のイヴァン・モシオン、編集のジョエル・アッシュ、衣裳のクリスチャン・ガスクなど、その誰もがこれまでのルコント作品を支えた精鋭ばかり。そして、スクリプトには愛娘マリー・ルコントが名を連ねる。ちなみに、劇中、マリオンとディミトリが逃げ込む映画館で上映されている映画は、『仕立て屋の恋』の原作であるジョルジュ・シムノンの「イール氏の婚約」を、ジュリアン・デュヴィヴィエが1946年に映画化した「パニック」“Panique”である。